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140文字以上

昔KAT-TUN担だった赤西担が6年ぶりにKAT-TUNのコンサートへ行ってきた

2016年4月29日、東京ドーム

同じく10年選手の亀梨担の友達と2人でKAT-TUNのコンサートへ行ってきました。

心の底から本当に楽しくて、10周年に相応しく素晴らしいコンサートでした。

 

KAT-TUNとの出会いはごくせん辺り。

自担って枠におさめたのが留学会見の行われた2006年10月12日。

その日から今年でちょうど10年。

 

 

---昔話から始めます。

ここから先「---」の部分までKAT-TUN担の方には気分を害されるかもしれない事も書いてあります。

自己責任でお願いします。

 

初めてのKAT-TUNのコンサートで大感激を受け、次は絶対地方公演もまわる!と息巻いたのが2008年。

KAT-TUNのツアーなのかわたしのツアーなのかわからなくなるくらいには日本全国をかけまわってKAT-TUNと一緒に熱い熱い夏を過ごしたのが2009年。

大好きで大好きで仕方なかったKAT-TUNの船にわたしはもう乗ってられないかもしれないと思ったのが2010年のコンサートツアーNO MORE PAINでした。

 

5人と赤西の分岐で赤西を選んだ時点でフラットな物の見方なんてできるはずがないと、今考えてもそう思うんだけど、当時はそれでもできるだけ穿った見方はしたくない、ほんとにいない事を確かめに行くわけでも声や姿がないことを確かめに行くわけでは決してない、今の5人をそのまま受け取りに行こうという極めてフラットでいようという気概で見に行ったはずが、コンサート終盤のハルカナ約束を聞きながら、時間ギリギリまでステージに出て謝罪して、物理的な距離も縮めて、客席に手をつながせることで見えない何かを確かめるような、傷を共有しようとしてるような、そんな5人がファンへ歩み寄ろうとしてる姿が痛々しくて見ていられず、この5人とはハルカナ約束できそうにないと泣きながら小指をひっこめ、カバンを引っ掴んで京セラドームを飛び出してきたのが私の最後のKAT-TUNのコンサートでした。

 

好きなタレントが自分の思い通りにいかないから胸を焦がすというのは、客観的に見ても普通のファン心理ではない事はわかっていたので、あとはどう自分に折り合いをつけていくかと毎日泣きながら考えた結果、KAT-TUNに妥協するのではなく自分に妥協するという結論でした。

 ---昔話おわり。

 

 

時間が経つにつれ癒える傷もあれば思い直すこともありました。

あとからわかる真実もあったり、あの時の自分は間違ってたなんて後悔もざらです。

6年経った未だにあります。

なぜ今のKAT-TUNを見に行こうと思ったのかは、単純にしばらくの間見れなくなるからというのもあるけれど、周りのKAT-TUN担から聞くKAT-TUNのイメージと、私が6年前から抱いているKAT-TUNのイメージに大きな乖離があると気付いた、というのが大きいかもしれません。

 

 

2016年4月29日、朝から新幹線に乗り、目指すは後楽園駅です。

東京駅から乗る丸の内線の中からすでにコンサートグッズに身を包んだ女の子たちを見つけて気分も高まります。

グッズ販売の列に並んでてくれている友人を待つため階段の上の方から22ゲート前の光景を眺めていると、当時KAT-TUNが大好きだった時の気持ちが蘇ってくるようで開演6時間前からすでに泣きそうでした。

東京ドーム自体、大好きのピークだった2009年6月15日Break the Records以来だったので感激もひとしおです。

あの時とは私もKAT-TUNも取り巻く環境もいろいろな変化があったけれど、コンサートが始まる前の22ゲート前は、あの時と何も変わらないファンの笑顔があって、あの時と同じ場所であの時大好きだったひとたちをもう一度見る。

ある意味自分に対するけじめのような自己満足も含まれていたかもしれないけど、それでも数年間の有象無象をすべて受け止めてくれたのは他でもないKAT-TUNでした。

 

崩れ落ちるGOLD、歌詞に震えたTHE D-MOTION、名曲ぞろいのセットリストに唸るたび隣の亀梨担を握っていました。

わりと1曲目のGOLDからずっと泣いていて、見る前は昔の曲の方が泣けるんだろうなと思っていたのに、実際は真逆で、5人もしくは4人曲を歌う3人が本当に頼もしくて恰好よくて、広いドームに、3人、半分、少ないなと感じたことはコンサート中1回や2回じゃなかったけど、演出として巻き戻った時間が現在に近づくたびに少ないことは気にならなくなっていったし、2009年当時、これが完成形だと信じて疑わなかったあの頃のKAT-TUNの強さを上塗りするくらいの目に見えない力を感じてからはもう涙が止まりませんでした。

 

メンバー全員が30歳を超えた今のKAT-TUN、本当に強かった…。

いろんな雑音の中でも我関せず高尚な姿勢で俺らKAT-TUN!ってドンと構えて好きな事やってるのが強くてかっこいいKAT-TUNであると信じて疑わなかった私には思いもよらなかった事で、ジャニーズユニットKAT-TUNとしての本当の強さって、傷を舐めあうでもなく、距離を縮める事でもなく、望む未来を描くためこれまでの過去をすべて認めた上に成り立つ覚悟そのものなのかもと思いました。

 

3人で4Uを歌う姿を見ていたらそれを強く実感して、最後の君のユメボクのユメまでもう全然涙がとまらなくて、その時は自分でも何の涙なのかわかっていなかったんだけど、今思うとやっぱりごめんなさいの気持ちが大きかったのかもしれません。

知らずにいる、知った気でいる事って怖い事だなと痛感しました。

TVでチラチラ見るから“見た気”になっていただけで何も見えていなかった事もわかりました。

音楽番組で聞いた気になっていた5人曲4人曲でもいいなと思う曲がたくさん見つかりました。楔とDead or Alive今度借りてきます!

 

東京ドームを出て興奮冷めやらぬ様子で感想を言い合うファンたちの様子も見ているだけですごく楽しくて、同担なのに見ているところが全然ちがったり、「GOLDの水!」「「「「それな!!!」」」」とハモったり…。

それすら嬉しくて、終電ギリギリまでビール片手にその日を名残惜しむ事ができて本当に楽しくて、確実にわたしの人生のチャプターになるであろう一日になりました。

 

改めてのKAT-TUNってこうだよと上書きされて以来、本当に3人が愛おしくて、WSを全部録画してた過去の熱意こそないものの、発信されるもので見られるものはしっかり受け止めようという土台ができました。

我ながら留学出おそろしいわと思うまでもなく、KAT-TUNとしての活動が今後見られない事もすんなり受け入れられ、次行われるコンサートにも絶対入ろうと決めています。

 

 

 

これまで、赤西担が5人以降のKAT-TUNを語るというだけでどうしても言葉の裏側を探られるような居心地の悪さと、勘違いさせてしまいそうな、いらぬ誤解を生んでしまうかもという不安が付きまとい、外野がアレソレ語るのなんて野暮かもしれないと思ってたんだけど、今は、そういうごちゃごちゃしたところも全部さらけ出して、それでもKAT-TUNのこういうところがこういうふうに好き!と言いたいしKAT-TUNKAT-TUN担に伝えたい。

7年前のあの時、KAT-TUNが大好きで大好きで仕方なくて、もうこの先ずっと一緒に同じ時間を歩んでいくんだと決めてたあの頃の私の大切な気持ちと、例え今の私は違う方向を向いていても、当時大好きだった気持ちを未来へ一緒に運びたいからこれも持っていくよと、これまでの時間をKAT-TUNに許してもらった気がしました。
穿ったこともあったし酷いことを言ったこともあったけど、それでもいいからお前の大好きだったKAT-TUNを絶対もっと格好良くすると伝える3人の強さと優しさが、私には本当に嬉しくて申し訳なくて暖かかった。
KAT-TUNファンにはもちろん、勝手に離れていった私にすら、あの頃好きになってくれた気持ちを無碍にはしないと言われてるようでした。

 

推し計るような見方はしたくないなんて言いながら6年間ずっとKAT-TUNKAT-TUNに縛り付けているのは他でもない私でした。

 

ごめんなさいカツン。
ありがとうカツン。
やっぱりかっこいいわカツン。